東京地方裁判所 昭和37年(レ)645号 判決 1966年1月31日
控訴人 高橋快衛
被控訴人 久保井浜子
<ほか一名>
右被控訴人等両名訴訟代理人弁護士 横溝貞夫
同 降巻雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。
二、被控訴人等訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
第二、被控訴人等の請求原因
被控訴人等訴訟代理人は、請求原因として次のとおり述べた。
一、別紙目録(一)、(イ)、(ロ)記載の土地(以下(イ)、(ロ)を併せて本件土地という。)のうち、(イ)記載の土地(以下本件(イ)土地という。)は、被控訴人久保井浜子の単独所有であり、(ロ)記載の土地(以下本件(ロ)土地という。)は、被控訴人等両名の共有である。
二、しかるに、控訴人は、被控訴人等に対抗しうる権原なくして、本件(イ)および(ロ)の両土地に跨り、別紙目録(二)記載の車庫(以下本件車庫という。)を建設所有し、また、本件(イ)土地上に、長さ四軒、高さ七尺ないし三尺、平均四尺の石垣約二坪六合四勺(以下本件(イ)石垣という。)を、本件(ロ)土地上に、長さ五間、高さ七尺ないし三尺、平均四尺の石垣約三坪三合(以下本件(ロ)石垣という。)を、それぞれ設置所有して、本件土地を不法に占有し、もって被控訴人等の本件土地所有権を侵害して、被控訴人久保井浜子に対し、本件(イ)土地の相当賃料額に該る一ヵ月金二三七円八〇銭の割合による損害を、被控訴人等両名に対し本件(ロ)土地の相当賃料額に該る一ヶ月金三八八円の割合による損害を被らせつつある。
三、よって、被控訴人等は、控訴人に対し、(1)本件土地所有権に基き、本件車庫および本件(イ)、(ロ)石垣を各収去して、本件(イ)土地を被控訴人久保井浜子に、本件(ロ)土地を被控訴人等両名に明渡すべきこと、ならびに、(2)所有権侵害に対する損害賠償として、右不法占有開始の日の後である昭和三六年八月一三日以降本件土地明渡済みまで、被控訴人久保井浜子に対し一ヵ月金二三七円八〇銭、被控訴人等両名に対し一ヵ月金三八八円の各割合による損害金の支払を求めるため、本訴に及んだ。
第三、請求原因に対する控訴人の答弁および抗弁
控訴人は、請求原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。
一、請求原因に対する答弁
請求原因事実については、控訴人の本件土地の占有が不法であるとの点を争うほか、その余の事実は全て認める。
二、抗弁
(一) 控訴人は、昭和一六年四月一日被控訴人等の先代久保井銀次郎から、本件土地を、建物所有の目的、期間二〇年の約定で賃借した。
(二) ところが久保井銀次郎は、昭和三〇年六月五日死亡しその頃被控訴人等はその相続関係にちなんで本件土地の所有権をそれぞれ前記のように先代銀次郎から承継取得すると同時に、右賃貸借における先代銀次郎の賃貸人としての地位を承継した。
(三) しかしその後右賃貸借は昭和三六年四月一日の期間満了後も控訴人の本件土地の使用継続により法定更新された。
第四、抗弁に対する被控訴人等の答弁および再抗弁
被控訴人等訴訟代理人は、抗弁に対する答弁および再抗弁として、次のとおり述べた。
一、抗弁に対する答弁
抗弁事実は賃貸借の目的および法定更新の点を否認するほか、全て認める。
二、再抗弁
(一) 本件土地の賃貸借の目的は、本件土地上に独立の家屋を所有することにはなく、控訴人がかつて本件土地の隣接地(東京都大田区馬込西一丁目一五二番地の一所在)上に建坪一八坪五合の建物(以下本件建物という。)を所有していたが、その敷地が狭隘であったので、庭としての体裁を整えるために本件土地を賃借するということにあったのであり、本件土地は傾斜地であって地形的にみても家屋建築に適する土地ではない。
(1) ところが、本件建物はその後競売に付され、訴外宮田泉において昭和三〇年九月二一日競落によりその所有権を取得したため、控訴人の本件土地の賃借権もこれに伴い右宮田に譲渡されたこととなり、控訴人は同日限り右賃借権を失った。
(2) 仮りに右事実が認められないとしても、本件建物は昭和三五年頃朽廃して、取毀されたから、右建物の庭として使用を目的とする本件土地の賃借権は、その目的を失いその頃消滅したものである。
(二) 仮りに本件土地の賃貸借の目的が建物所有にあったとしても本件土地の賃貸借の期間は、二〇年であり、昭和三六年四月一日の期間満了の際本件土地上には建物と認めらるべき物件は存在せず、被控訴人等は、遅滞なく同年八月九日本訴を提起して控訴人の使用継続に対し異議を申立てたのであるから、本件土地の賃貸借は昭和三六年四月一日限り終了したものである。
(三) 仮りに本件土地に存する本件車庫が建物と認められるとすれば次のとおりに主張する。すなわち本件土地の賃貸借は普通建物の所有を目的とし鉄筋コンクリートの建物を建設所有することは当初の契約の目的とするところでないのに拘らず、控訴人は、昭和三五年頃建物類似の鉄筋コンクリートの本件車庫を建設所有して、本件土地の右用法に違反したので、被控訴人等は控訴人に対し本訴(昭和三七年八月一三日の原審口頭弁論期日)において、本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。従って右賃貸借はここに消滅した。
第五、再抗弁に対する控訴人の答弁
控訴人は、再抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。
(一) 再抗弁(一)の事実のうち本件建物が控訴人の所有であり、被控訴人等主張の場所に存在したこと、その後本件建物の所有権が被控訴人等主張の日に競落により訴外宮田泉に移転したこと、および本件建物が被控訴人等主張の頃朽廃して取毀されたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 再抗弁(二)の事実は争う。本件土地には期間満了の際本件車庫が存し、右車庫はまさに建物たるの構造を具えていたのであるから、控訴人の本件土地の使用継続に対し被控訴人等は正当事由がなければ異議を申立てえないところ、被控訴人等には何等正当事由はなかったものである。
(三) 再抗弁(三)の事実のうち、控訴人が前記のとおり本件土地上に本件車庫を建設所有していることは認めるが、その余の事実は否認する。
第六、証拠≪省略≫
理由
一、被控訴人等主張の請求原因事実は控訴人の本件土地の占有権原の有無に関する点を除き全て当事者間に争がない。
二、そこで控訴人の右占有権原の有無について按ずるに、まず控訴人が昭和一六年四月一日被控訴人等の先代久保井銀次郎から本件土地を期間二〇年の約定で賃借したことおよびその後被控訴人等主張のとおりの経緯を経て、被控訴人等が右賃貸借における先代銀次郎の賃貸人としての地位を承継したことは当事者間に争なく、≪証拠省略≫を綜合すれば、本件土地の賃貸借は木造建物の所有を目的とするものであることを認めることができる。
被控訴人等は、本件土地の賃貸借の目的は、本件土地を隣接地に控訴人が所有していた建物の庭として使用することにあり、本件土地上に独立の建物を建築所有することはその目的の埓外である旨主張し、当審において被控訴人久保井浜子本人は右主張に副うような供述をなし、また≪証拠省略≫によれば、本件土地は被控訴人等主張のとおり傾斜地であって、一見建物建築には不適当な土地のようにみえるが、傾斜地といえども整地のうえ建物建築を進めることは世上往々に見受けられるところであり、本件賃貸借の公正証書と認められる前記乙第一号証には明らかに本件借地は木造建物所有を目的とする旨うたってあり、かつ被控訴人久保井浜子本人の供述によるも久保井銀次郎の捺印あることに疑のない前記乙第二号証(承諾書)に、本件土地を家屋建築敷地として使用することを久保井銀次郎において承諾する旨の記載の存するところからすれば、本件土地の賃貸借の目的は控訴人本人の供述するとおり建物所有にあると認めるのを相当とし、被控訴人久保井浜子本人の前記供述はたやすく措信し難く、他に被控訴人等の右主張を肯認するに足る証拠はない。
そうとすれば、被控訴人等の再抗弁(一)、(1)、(2)の主張は爾余の判断をなすまでもなく、失当として排斥せらるべきである。
三、次に本件賃貸借は期間二〇年であるから、昭和三六年四月一日を以て期間満了となるところ、その後引続き控訴人において本件土地の使用を継続していたことは当事者間に争なく、被控訴人等が昭和三六年八月九日本訴を提起したことは本件記録に徴して明らかである。ところで、本訴は被控訴人等が控訴人に対し本件土地の明渡を求めるために提起したものであるから、これを、控訴人の本件土地の使用継続に対する被控訴人等の異議申立と解するに妨げなく、期間満了後本訴提起までの本件日時の経過の程度を以ては、未だ異議申立に遅滞ありとなすに足りない。
そこで右期間満了当時本件土地上に建物と認めらるべき物件が存在したか否かについて検討するに、当時本件土地に控訴人所有の本件車庫が存在したことは当事者間に争なく、≪証拠省略≫によれば右車庫については昭和三五年一一月二二日付を以て所有権保存登記が経由されていることを認めることができるが、≪証拠省略≫によれば、本件車庫は借地法に所謂建物としての構造、形態を具備しない一種の工作物に過ぎないものと認められ、登記の有無は建物としての物理的構造形態を左右するものではないから、結局本件土地には右期間満了当時建物はなかったものと認めざるをえない。
しからば本件賃貸借については法定更新は行なわれず、昭和三六年四月一日の期間満了とともに賃借権は消滅に帰したものといわなければならない。
四、以上の次第で、爾余の判断をなすまでもなく、控訴人の本件土地の占有は正権原を欠き、不法占有たることが明らかであり、右不法占有により被控訴人等が本件土地の所有権を侵害され、その相当賃料額に該る損害を被りつつあることもいうまでもないところであるから、被控訴人等が控訴人に対し、本件土地所有権に基き、本件車庫および本件(イ)、(ロ)石垣を各収去して、本件(イ)土地を被控訴人久保井浜子に、本件(ロ)土地を被控訴人等両名に明渡すべきことを求めるとともに、右所有権侵害に対する損害賠償として前記不法占有開始の日の後である昭和三六年八月一三日以降右明渡済みに至るまで、被控訴人久保井浜子に対し本件(イ)土地につき相当賃料額たること当事者間に争のない一ヶ月金二三七円八〇銭、被控訴人等両名に対し(ロ)土地につき同じく相当賃料額たること当事者間に争のない一ヶ月金三八八円の各割合による損害金の支払を求める本訴請求は全て理由ありとしてこれを認容すべきである。
しからば当審と若干理由を異にするも、結局被控訴人等の請求を認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条により控訴人の本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古山宏 裁判官 中田四郎 加藤和夫)